|
昔、愛知県犬山の明治村で、池田の芝居小屋、呉羽座に出会いました。こんなとこに、と、びっくりしたものです。これは明治初年に建てられ戎座と呼ばれていたのを、明治20年代に西本町に移築して呉服座と呼ばれたもの。昭和44年に廃業になって、明治村に解体移築されたそうです。国の重要文化財。 今、池田の呉服橋のたもとには、ひっそりと碑だけがあります。江戸時代の池田は、歌舞伎や村芝居、相撲と、さまざまな芸能がさかんでした。呉服座でも、旅回りの歌舞伎芝居や新派劇、壮士芝居や落語も行われました。 『新修池田市史』第五巻に、昭和10年頃の行事として五月にそら豆やエンドウ豆が収穫される頃に、骨休めとして行われた「豆芝居」の話が載っています。その頃には辻の入り口から呉服橋まで芝居の幟が立ち並んだそうな。今も小屋がそこにあったらなあ、様々な可能性を考えて、ちょっと残念です。 呉服橋は西国札所の勝尾寺から中山寺に行く巡礼道が猪名川を横断するところにかかった橋で、かっては巡礼橋といわれました。天正の織田信長による対荒木村重戦に際して焼失、文化12年(1815)に池田の町人たちが架けたものです。その後何度も架けかえられ、現在のは平成の新呉服橋です。 |