| 掬月亭(きくげつてい) | |
掬月亭は、栗林公園の建物のなかでも最も大きく、「大茶屋」と呼ばれていた。江戸時代初期、松平家初代頼重により建てられた数寄屋風書院造の茶亭である。頼重は、京の陶工粟田口作兵衛(紀太理兵衛)を呼び寄せこの地に窯を作らせて焼きものを作らせたくらいの茶好きである。南湖に乗り出すように作られていて、ちょっと釣殿の雰囲気を楽しめる。唐の詩人、于良史の詩「春山の月夜」の「水を掬すれば月手にあり」から名づけられたといわれている。
西向きの座敷から 涵翠池(かんすいち)そのかなたに薩摩藩から寄贈された琉球産ソテツが植えられてある築山、鳳尾塢(ほうびう)と桶樋滝(おけどいのたき)がみえる。中国趣味である。あきれたことに、この滝は殿様の楽しみのための人工の滝で、紫雲山の中腹に置いた桶まで、人力で水を汲み上げたことから名前がついたという。 |
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かつては七つの棟が北斗七星のように配置していたので、「星斗館」とも呼ばれていたが、現在は北側の二棟が取り払われている。
茶室 | |