背後にある紫雲山のなだらかな曲線に響き合うなだらかで優しい庭。栗林公園はもと高松藩の下屋敷である。その起こりは、元亀・天正頃豪族佐藤氏によって、西南地区(小普陀付近)に築庭されたのに始まるといわれる。その後高松藩主生駒高俊によって南庭が造園され、更に寛永19年(1642年)に入封した藩主松平頼重に引き継がれた。延享元年(1744)水戸本家から迎えられて松平家5代当主となった頼恭(よりたか)はこの庭を栗林園と名付け、中心施設の檜御殿や掬月亭の改修を行い、「栗林園六十景」を定めた。
栗林公園はその広さ約76万平方メートルで城下町の大名庭園としては最大規模である。ただ背後の紫雲山部分が広く、それ以外の内庭は16万平方メートル。6つの池と13の丘があって、南庭は回遊式大名庭園、北庭は鴨場として使われていた。
明治4年(1871)廃藩により新政府の所有となり、明治6年1月公布の「公園に関する太政官布告」に基づいて明治8年3月(1875年)県立公園となり、一般公開された。私にとっては、子供の頃からよく訪れている思い出深い庭である。最近、整備されて、美しくなったことをうれしく思っている。私の先祖の払った年貢も少しは役だっているかもしれないし。
リンク 栗林公園ウェブサイト
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