日頃なにげなく口にしているくだもの、みかんやりんごといった常連のほかに、日々新顔が出てきて楽しい。わたしの子ども時代の記憶では、小学生の頃にグレープフルーツ、そして中学生以降キーウィ、ライチと入ってきて、それからさまざまなトロピカルフルーツが加わった。くだものが大好き人間としては、幸せな時代に生きている。
くだものの由来を調べると、この人間に与えられた贈り物の多くが世界を廻って日本にやってきたことがわかる。香り高いゆずは中国の揚子江上流から奈良時代にやってきた。みかんに近いといわれる柑子(こうじ)も、同じ頃聖武天皇の時代に弟兄という人が唐から持ってきたそうな。この人は遣唐使だったのだろうか、いつか調べたい。
わたくし的に大好き度No.1の桃は孫悟空など中国の伝説などによく出てくるので中国原産かなと思っていた。これは正しい。紀元前1世紀にはシルクロードを通ってペルシャ (イラン)に伝わり、1世紀にはヨーロッパに到達したということだ。だから、英語のPeachは、ペルシャという意味なのだった。日本にも在来種があったが、小さくてかちかちに堅く皮がむけないものだったそうだ。そういや、桃太郎の生まれた桃を、おじいさんはでかい包丁だか、なたで切っていたような。明治末以降さまざまな外来種を入れて栽培・改良が始まり、現在の白桃などは中国の上海水蜜桃の系統から改良された。あのおいしさは、交流の歴史の賜物なのだ。江戸時代の大坂の町人学者で無鬼論ー超自然的存在の否定ーなどを説いた山片蟠桃(やまがたばんとう)のペンネームは中国産のひしゃげた桃なんだそうである。山片氏は大商人升屋の「番頭」さんだったから、このペンネームはしゃれで、山片氏が実物を見たことがあるかどうかは疑わしいが。
兵庫県の伊丹市は現在も植木の産地として有名であるが、明治〜昭和にはアメリカや中国に、くだものの苗木を輸出していた。その戦前の外国向けパンフを見たことがある。ゴールデンデリシャスとかアレキサンドリアとかがのっていて、結構古い品種名なんだなあと感心したものだ。
また伊丹や池田・箕面といった摂津北・西部は、かっては 果物の名産地でもあった。一八九〇年(明治二十三年)の大阪府の「農事調査」の報告書によれば、池田市域から箕面市域にかけて、梨・桃・びわ・柿・林檎・李・栗が産出されている。江戸時代から、池田のさる神社の神主さんは、地所で取れた林檎を大坂天満の青物市場に売り出していた。また果物ではないが、池田北部の村では百合根を産出しており、これは天然ものか、栽培ものか、史料片手に悩んだことがある。江戸時代の農業といえば、米などの穀物か商品作物では綿や菜種、せいぜい青物類、といったイメージが強いが、実際はいろいろ作られ、おいしくいただかれていたのである。