萩尾望都

 
萩尾望都先生を語る、などというのはとんでもないこと。ただついていくだけです。私のマンガ人生は萩尾先生から始まり、『ポーの一族』頃から、ほぼリアルタイムの雑誌上でマンガを読んだ。初期の作品も高校時代に出た『萩尾望都作品集』全17巻で読んだ。そのなかでは「アメリカン・バイ」が好きだったなあ。そこにでてくる長髪・馬面のグラン・パは、後の「メッシュ」のミローンの系譜だ。
 あまり長いこと読んでいるので、その作風や描画が変化してきたことを知っている。でもどの時代のものも好きで、私の人格形成に影響を受けたという点では、大島弓子と萩尾望都が双璧。レイブラットベリもマザーグースも萩尾さんから入ったし。高校時代にこの二人のことを同級生に熱く語ったところ、えー難しい、わかんない、といわれてショックを受けた。そういや、時代は「オトメチック」だった。
萩尾作品では、もう現実には喪われたかもしれない「少年」という存在が輝いている。イデアとしての少年である。特に、まあよくある話だろうが、私は『トーマの心臓』(小学館、フラワーコミックス、全3巻)のオスカー・ライザーが好きで好きで。まあ一般的な好みだろう。大人で、センシティブで、孤高な少年。『訪問者』(小学館、萩尾望都作品集8)で再会したときは嬉しかった。萩尾さんにかかると、現実の男にカチメはない。
 萩尾SFワールドも大好き。卓越した構想力と物語性と叙情がある。『スターレッド』(小学館、萩尾望都作品集3/4)、『モザイク・ラセン』(同15)、『銀の三角』(同10)、『マージナル』(小学館、プチコミックス、1986〜、全四巻)、神話的でありながら、人間社会システムや科学への問題意識に裏づけられたその骨太さを愛する。
 そういや、変なことを思い出した。昔某国営放送が夕方のお茶の間タイムに「十一人いる!」(小学館文庫、1976)をドラマ化したのだ。ものすごく期待した私は、某国営放送に放火したろーかと思うほどものすごく怒った。なべおさみがタイツをはいて、主人公の両性未分化体のかわいいフロルをやったのだが、とてもとても醜く、学芸会よりひどかった。あれはいったい何だったんだろう。岩下志麻の額田女王といったのもあったが、それよりひどかった。今でも忘れられない。