1789年/寛政元年/己酉/1月25日改元/光格天皇/徳川家斉
(予松御代記)1月4日 伊予松山藩、禁裏御所向御普請入用金を大坂へ上納。15万石につき772両余。(摂陽)禁裏造営につき当春より五畿内・諸国桧材売買停止。 (編年史) 1月 大坂で名目銀返済に関する訴訟法を改。(岩波年表)1月 幕領に郷蔵を建て、貯穀を命じる。(岩波年表)1月 名目銀の特権を廃止。 (編年史) 3月7日 大坂にて虚偽の分散を禁止。 (編年史) 3月7日 大坂にて在方における村入用借用証文認め方を定。 (東京市史稿) 3月 大坂郷蔵設置。 (編年史) 3月 銀高につき、折銀・割銀・焼銀の通用法を定。 (摂陽)(年代記)3月 勝曼院にて京壬生地蔵尊開帳。壬生狂言興行、狂言「桶取」の女の頭飾りの尺長紙が頭痛の呪いにきくと諸人受け取る。大坂市中子供ら壬生狂言をならい流行。(摂陽)3月 難波新地にて鷹飼・大鯨。(摂陽)3月住吉浜にて汐汲み塩釜類浜焼。
(年代記)5月 芝居はもちろん茶屋町・町人まで金入の衣装やぬい箔禁止。(摂陽)6月 博打禁止の江戸触大坂でも触出。(年代記)奕打などの吟味により入牢人多。(年代記)6月11〜18日 雨降り続き諸川洪水。(摂陽)6月26日〜閏6月 東横堀浜より玉造稲荷社・真田山へ砂持群集する。(年代記)6月18日より玉造稲荷社砂持に群集。久宝寺町筋に奉納灯籠満つる。「鼻黒」の流言あり、幕府より逮捕者出て大騒動、稲荷社内舞台守幸助大罪を被る。(年代記)6月22日 明6つ〜南本町堺筋少し東より出火、本町筋まで焼け、北は大手筋お城前まで焼失。 (編年史) 6月27日 大坂にて家質上端を担保とする金銭貸借は預銀訴訟のごとく採決することを令。(福岡県史) 6月 福岡にて大坂回米のため国船新造願、却下。
(摂陽)7月 難波新地大相撲に東の大関として九紋龍清太夫はじめて出場。 (摂陽)8月 堀江此太夫芝居にて新浄瑠璃有職鎌倉山大当り。(岩波年表) 9月 幕府、諸藩留守居組合の会合禁止。(岩波年表)9月 棄えん令。(岩波年表)諸大名に囲米を命じる。(岩波年表)9月 3ヶ年の倹約を命じる。(岩波年表)9月 京・大坂の納宿・郷宿を廃止し、村方から直送させる。(岩波年表)9月 江戸浅草猿屋町に貸金会所が作られる。 (仙台市史) 9月 京都大坂江戸飛脚問屋、仙台城下に出店をおくに際し連印証文。 (編年史) 9月 大坂三所綿問屋仲間規約を定。
(摂陽)10月 角の芝居中山福蔵座にて一世一代叶雛介。 (摂陽)11月 中の芝居浅尾弥太郎座にてもつとめる。 (編年史) 11月 大坂 干鰯問屋・仲買、干鰯売買の仕法書を定、相場規定あり。 (摂陽)12月22日 朝6つ時過ぎ米屋町堺筋東入北側より出火、上町城代屋敷など類焼。
(摂陽)この年、隠売女厳しく禁止し町々吟味強し。(岩波年表)この年、幕府「孝義録」編集。(岩波年表)この冬、中井竹山(1730-1804)「草茅危言」を著す。