武兵衛さんによれば三下りの唄。戎みやげとも言ったそうです。1月10日、またその宵宮の九日、大坂今宮のえべっさんにお詣りする十日戎は、「商売繁盛笹もってこい」と、今もたいへん賑やかです。しかし江戸時代には、大坂の商家では恵比須神を商売と福の神として信仰していましたから、9日から10日にかけては心斎橋筋から南へ群衆が連なってお詣りしたといわれます。
ニ上りの端歌。喜田川守貞の「守貞漫稿」によれば、この唄は古いものだそうです。安永期(1772〜81)には唄本に載り、多くの替歌がありました。偉大な大坂学者宮本又次先生によれば、生田南水の曾祖父義胤大人の作ということです。
戎社の店で売っていた生笹(「吉凶」きっきょう)、そして別の店で売っていた笹につける「小宝」という飾り物を唄ったもの。小宝には、銭や小判や丁銀を土や銅鉛で模したもの、米俵や升といったお米関係など、富の象徴がかたどられ、他にも大福帳や色紙や戎神の土像などがありました。銭かますは蒲で簀に編んだ銭を入れる袋、はぜ袋は砂金を入れる袋ですが、麦や米を煎ったポン菓子を入れるもの、ふくれるのがいいらしい。ゆでばすも蓮根を水煮にしたもので、野蓮(のばす)という名前が「かねを延ばす」と似ているかららしい。すがすがしいぐらい現世利益である。こうした小宝は大きいもので一つ20〜30文だったそうで、当時日雇いの賃銭が一日100文くらいだったことを思えば、けっこう高い。
しかし笹に酒(ささ)をかけて、いっぱいかげんで、願いの笹を肩にかけて、ふらふらと、家路をたどるものやら、南の新地にいくのやら、いずれにせよ誰かさんは、幸せそうです。
今も小宝は高いです。そのせいかいつか池田の市戎(呉服神社内)の十日戎で買った福笹には、巫女さんのお祓い付きでした。
