真菰
水辺に茂り秋に結実
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いたこでしまハ まこもの中に あやめさくとハ しほらしや
花ハいろいろ 五しきにさけど ぬしに見かゆる 花ハない よいやさよいやさ
御いしヤ薬や。大かねもふけ かごハリツパに気はいさみ。こぞり俗医が ゑらはやり。なめた。かほして あるかんす。権兵へもにわかに かごをかき 小家のばばかか やとわれ人 おいおいすぐたつ やみあがり あたみに手ぬぐい まきやした。見立の番付 たんと出た
これは有名な潮来(いたこ)節です。もともとは常陸行方郡潮来にあった遊郭ゆかりの、舟歌川崎節が恋を歌ったお座敷歌となり、七・五・七・五の調子のよさがうけて、多くの替歌が作られつつ流行しました。上方でも寛政期(1789〜1801)頃から端歌として流行し、唄本に採録されていのす。武兵衛さんも替歌をたくさん採録しています。
もともとの歌は短いものですが、末尾に「伊勢音頭でも使われるよいやさよいやさ」の掛け声をつけ、メドレーで続けていくという形で歌われたことから、長いものも作られるようになりました。
「はやったもの」はハシカが流行したときに、大坂でたくさん作られた替え歌のひとつです。歌本として発行され、武兵衛が写したものと思います。はしかに良いもの・悪いものなどを歌いこんだ歌もありますが、ここに載せたのはハシカ流行で景気がよくなった医者や薬屋のようすを皮肉に歌ったもの。当時は医師免許もないので、にわか医者が「なめた顔」して闊歩しただけでなく、往診に使う駕籠をかくものが増え、婆さんが手伝いに雇われたり、見立ての番付もたくさん出た。たいした経済波及効果があった様子です。
しっとりとあやめのような恋もいいけど、さすが大坂、病気のときも明るく、金もうけの視点を忘れない。
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