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16〜17世紀のアジアの主要産品と交易

16世紀から17世紀のアジアの海は世界で最も豊かな地域だった。「大航海」時代なんていうけど、なぜヨーロッパ人がこの海域にはるばるやってきたかというと、布地や香料、砂糖や陶磁器などヨーロッパにはない豊かな物産があったからたらである。ヨーロッパ人はこの海域で武力や宗教で経済外強制を行いつつ中国・インド・アラビアなどの商人に加わって中継交易をしてもうけたのである。アジアのシルクやコットンはヨーロッパ人の憧れのまとだった。

日本も、室町時代から江戸時代にかけて、インドや東南アジア、中国の布を輸入していた。とりわけ江戸時代中期にブームをおこした桟留縞はインドのサントーマスという港名にちなんでいる。インド半島東岸コロマンデル地方のSt.Thomasは、ヒンズー教国ヴィジャヤナガルの領土だったのを、1504年ポルトガル人が要塞を築いて事実上支配した。この周辺はギンガム・サラサを多量に生産したので、16世紀においてポルトガルはその輸出を独占した。1672年にフランスが、イスラム教国ゴルコンダ下のサントメを奪取し、その2年後にオランダ(上図▲印は主たるオランダ商館)がゴルコンダ王を助けて奪い返した。しかしムガル帝国がゴルコンダを滅ぼすと、1691年にポルトガルのサントメ復帰が許され、オランダ船はポルトガルに宿泊料を払わなくてはならなくなった。

またインドなどで鮮やかに染められた木綿、更紗も輸入され、当初は茶の湯の名物裂などに、後には庶民のタバコ入などの小物や下着などにも使われるようになった。