八丈とはかつて絹織物の一般名称だった。八丈(24メートル強)単位で織られていたためである。しかし現在では、伊豆七島の先島八丈島で製された紬の絹織物をいう。室町時代から八丈島の絹織物が貢納物として知られるようになり、慶長7年(1602)に徳川領となってからは黄紬が貢租として織られた。
縞・格子・無地の平織のほかに、綾の変化織もある。黄(八丈刈安イコール小鮒草)・樺(まだみイコール犬クス)・黒(椎プラス泥染)の3色を基本とし、先染めして織った。黄色が主体なので黄八丈といわれるが、地色を茶の鳶八丈、黒の黒八丈もある。
八丈は江戸幕府の貢納物であったところから、当初は大奥専用であったり武士の拝領物だったが、次第に医者や町方役職の者に渡り流行した。各地でさまざまな八丈が織られるようになったので、八丈島のものを「本八丈」というようになった。