元治元年(1864)4月12日(『幕末維新大阪町人記録』(清文堂出版、1994年)所収『諸事用向日加栄』より)

伏見町の唐高麗物屋疋田

中国・オランダからの珍物がいっぱいで、ひやかし客を集めている 奥で電気をおこして火花をちらすエレキテルの実験が行われている。

天気、朝から辰蔵(下男)を召し連れて、塩町心斎橋南東角の平野屋(平幸)という舶来品も扱っている書店に行った。「写真鏡」とやらを写しに行った。代金は150疋だった。ここでは、他にも買い物をした。この平幸というのは、堺吉助の親類である。

武兵衛さんは好奇心の人である。この日は、肖像写真を取りに行った。幕末のこの頃、ふつうの人が写真を撮るのは珍しかった。写真屋は心斎橋の近くで、外国の商品を扱った店で、写真も撮ったようである。代金は150疋であるが、1疋は銭25文なので、3750文となる。当時はうどん一杯が16文〜30文。ということは、写真代は相当高価ですね。また当時写真を撮るのは長い時間じっとしていないといけなかったとのこと。このときの武兵衛さんの写真は、桐の箱に入って残っています。ちゃんと羽織を着て写っています。当時64歳なので頭に毛はありませんが、ほりも深く、なかなか男前だと思います。