登場人物

御田では替植女らにより田植えが続く。その中央に舞台が設けられていて田舞などが行われる。御田のまわりでもパフォーマンスがある。
お田植え神事ではストーリーに従って、多くの人々が登場するが、衣装の様子が「時代風俗行列」ぽくて雅やかである。太田蜀山人も「土佐絵」を見るようだといっているので、江戸時代にはすでに時代がかって雅びだったようだ。以下に蜀山人の観察を記す。

「ややありて五人の植女も萌黄の生絹の千早のごときものをきて、赤き袴に花笠をいただき、面を覆ひて出来り、本社のかり屋の前に蹲る。一の社よりはじめて四の社にいたるまで、かり屋の翠簾次第次第にかかぐるほど、笛つづみの音きこゆ。人々むれかさなりて、足をくはだてたちこみたれば、さだかにみえわかず。これより植女は、松原の南のかたなる御田の辺をめぐるといへり。…さながら一幅の金屏にかける土佐絵をみるが如し。…陣笠きたる足軽、長き棒をもちて走りめぐる。御田植の後に足軽ども左右にわかれ、棒うちふりて戦ふ事あり。これ神功皇后三韓をうち給ひし事を表せりとぞ。」「蘆の若葉」6月28日


左 菖蒲を頭につけた「八乙女」(やおとめ)舞台で田舞を舞います。その歌詞の一部は清少納言が記した田植歌と一致するとか。
 市女笠の「御稔女」(みとしめ)と後方に植女

  

左 代掻き牛もおしゃれする
 白軍の足軽の棒打

「摂津名所図会」より植女の例式へ