この蕪村の句は、前書きがおもしろい。「すりこぎで重箱を洗え」というのは、「重箱のすみをほじくるような」の反対の政治のありかたを示す。つまり政治はおおらかに要点のみを押さえ、細かいところは民に任せて干渉しない方がよい、という意味だ。京都所司代板倉氏の言葉だということだが、きちんと裏を取りたいものである。蕪村は自分の生きた時代-田沼時代-を、このようなよい時代だと感謝している。
田沼意次の政策をいかに評価するか、まさか一昔のように賄賂政治の悪徳政治家という人もないだろうが、かといって最近は評価が高すぎるかもしれない。特に大坂にとっては田沼はあまり歓迎できない政策を取ったと考えている。
しかし同時代の人の感覚は大事にすべきだろう。結局田沼個人がどうということではなく、この時期人々の経済活動や生活の質や視野が拡大して、自然と政治が及ばない隅々が増えたということなのである。こうした隅々をどうするか、蕪村なきあと、幕府の政治もふらふらとする。
重箱の隅には、民の生活のささやかな奢りがある。それが変わらないように、続くように。蕪村の春の句からそうした願いをよむ。梅はその象徴だ。