|
両国の江戸東京博物館のミュージアムショップでは、江戸Tシャツや江戸さらさ模様のハンカチなど「なんちゃってもの」から、書籍、江戸銘菓まで買うことができる。東京に行っても仕事ばかりの忙しい身の上では、お菓子が買えるのが嬉しい。早々と売り切れる賞味期限当日のものも多いけれど。右の写真は、「長命寺の桜餅」。安政3年(1856)刊の江戸の切絵図「隅田川向嶋絵図」では、隅田川沿いの向島の堤道には桜が植えられ、その一角の長命寺のところに「名物サクラモチ」と書かれている。
東京手みやげ研究会編「東京手みやげガイド」(廣済堂文庫)によれば、享保2年(1717)長命寺の門番をしていた山本新六が桜の落ち葉を掃除しながら葉の利用法を考え、塩漬けの葉に餅を包んだのが、江戸の桜餅のはじめとか。この桜は当時将軍吉宗が鷹狩りを復活させ、墨田川両岸に桜の植樹を命じたもの。桜といえば花見。茶店を出して桜餅を売り出した。餅といっても小麦粉を水溶きして焼いた薄手の白い皮にこしあんを入れ、外から見るとほのかに桜色のものを、三枚の塩漬けの桜の葉で完全につつみこんでいる。ただし「嬉遊笑覧」では、はじめは粳米を使って作られていたが、今は葛粉で作ると書かれており、小麦粉になるまで試行錯誤があった模様。
関西の桜餅は、道明寺粉といって糯米をむして乾燥して細かく挽き割った糒(ほしい)で作った柔らかい桜色の餅で、中には粒あん、小さな桜葉の塩漬けを添えるという、見るからに桜餅という派手な風情。関東のは「何じゃこれ」と最初はびっくりしたが、これはこれでつつましくてよいのではないかと思う。水気と香りが抜けないうちに食べたいので、いつか280年の老舗という山本さんの御店に食べにいきたいと思う。
|
|

珍しい話を集めた「兎園小説」のなかに、幕府の右筆で国学者でもあった屋代弘賢が長命寺桜餅について書いている。文政7年(1824)には店で桜の葉31樽をつけこみ、その合計枚数は775000枚。当時は餅一つに葉が2枚なので、387500個の餅となり、一つ4文で、売り上げは227両ほどになると。

こちらも大好き関西の桜餅
|