今宮戎の北にある広田社は、今は左の写真のように小さなおやしろだが、江戸時代には森のなかに広い境内地をもっており、摂社に祇園と稲荷があった。
「摂津名所図会」によれば、今宮村は京都との関係が深く、毎年正月に朝廷の御厨子所に鯛を納め、祇園祭のときにも神輿の駕輿丁に116人がでて「今宮神人」といわれている。