物見遊山 産湯稲荷と味原池

産湯稲荷社
祭神は宇賀魂命と大国主の娘下照比売命と大小橋命

かつて「名所図会大成」に「水気軽く 佳味にして清徹 外に溢れ 四時ともに涸ることなし」と賞された清水、大小橋命が降誕の折産湯としたという伝承から「産湯の清水」といわれた産湯玉之井は、近代以降水質が悪化して水位もさがった。大小橋命は中臣の臣雷大臣の子で、神宮皇后から味原郷を授けられたという伝承がある。平成8年に井戸が復旧されたが、飲むことはできない。

 現在、味原本町になっている一帯には、味原池という木野村・小橋村共用の用水池があった。白鴨御池(しらかものみいけ)・とみ池・梵字ヶ池などともいわれた。南のほとりは比売許曾神社(ひめこそじんじゃ、東成区)の旧地ともいい、その境内外末社産湯稲荷社がある。かつてここにわき出していた「産湯の清水」は、大坂六清水の一つといわれた。「千早振 神代のままに 濁りなき 高津のしみづ くむも涼しき」(小侍従)など、古くから知られていた。現在は公園脇に社殿と井戸がある(蚊が多いので注意)。

 味原池の周囲は桃山といわれ、明治初年まで桃畑が多く、弥生の花盛りには遊覧客がおしよせた。最寄りのJR桃谷駅も明治28年開設当時は桃山駅だったとか。

芳雪「浪花百景」産湯味原池