商売繁盛 永代浜の干鰯仲買



「摂津名所図会」の永代浜の干鰯市


永代浜の跡には薄暗い木々の中、お稲荷さんと石碑が残されている

 海部堀の西方の永代浜(西区靱本町2丁目)には鰯・鰊・棒鱈・鰹・シビなどの干したり塩づけにした海産物の市場があった。食用のものも扱われたが、中心は金肥である干鰯や干鰊の市立である。遠くは蝦夷地といわれる北海道南部からはるばると運ばれてきた干魚は、永代浜の市場問屋のもとでせりにかけられ、仲買たちに買い取られ、畿内綿作地帯や阿波藍作地帯の農村に売られていった。永代浜の市場は、先進農村の生産力の源だったのである。そういえば、私の祖母は香川の人であるが、もったいなくも鰊は人間が食べるものでなく、ミカンの肥料と思っていた。

左の「摂津名所図会」では、永代橋と上ノ橋という二つの橋をくぐり抜けた浜側に、袋詰めされた干魚が積み上げられ、何カ所かでせりが行われていた。右手にある大きな土蔵は共同の貸倉庫。

 干鰯仲買たちは永代浜の近くに大きな蔵のある家を構えていた。夏の夕暮れともなれば、魚の町に群れ飛ぶ虫をねらって、蜻蛉の大群が空を暗くするほど飛んできたということだ。今はその面影はない。