おまいりする 天龍山法善寺(難波1丁目)
 法善寺横町には西向不動明王の小さな祠があり、水をかけて祈る人々の姿がたえない。法善寺の御本尊は阿弥陀如来だそうだが、今は水かけ不動さんの方がはるかに有名である。
法善寺はもともと八丁目寺町にあったが、寛永14年(1637)に現在地へ移った。開基の日から千日ごとに念仏がおこなわれたので、千日寺ともいわれた。18世紀半ば頃には境内で見世物が行われ、金毘羅堂に信仰が集まるなど、庶民に親しい寺となった。第二次世界大戦で罹災し、その後金毘羅堂と不動のみが再建された。
不動明王の起源は、インドで山のように動かないものをさす「アチャラ」(Acala)あるいは「アチャラナータ」(Acala-natha)という神格であるが、日本には空海により密教とともに導入されたといわれる。「明王」とは救いがたい人々を教え導くために憤怒の恐ろしい形相を取る仏なのだそうだ。やはり慈悲の心でやさしくとくより剣で脅した方が有効、ということだろうか。
法善寺の水かけ不動はもともと難波新地の有志が発起人となって、明治44年に旧寺内の一角に建立された。第二次大戦の空襲で本堂が焼け、金毘羅堂と水かけ不動のみが残った。病気平癒や商売繁盛の御利益に加えて立身出世を祈願する人もあるそうだが、それは「月の法善寺横町」という流行歌の影響。

 不動明王の傍らには、織田作之助の小説で有名な「夫婦善哉」の店がある。白玉が一つずつ入ったお椀二つで一人前。法善寺境内の藤棚の下で浄瑠璃語りの竹本繁太夫が副業として始めたという。あまり信仰深くない向きは冬にでかけたらいいかもしれない。横町の店は2002・2003年と二度の火事で打撃を受けたが、たくましく立ち直ろうとしている。