武兵衛さんは芝居好きだった。歌舞伎も浄瑠璃も竹田のからくり芝居も見に行っている。特に歌舞伎は大好きで、八歳の折りから多数の役割番付や役者絵などの摺物を残し、役者の後援もしている。好きなのは「時代もの」、ひいきにした役者は3世中村歌右衛門や2世嵐璃はん(王がふたつの「はん」)で、しぶい演技派が好きだったようである。なかなかの通とみた。
武兵衛さんによれば、道頓堀の角の芝居と中の芝居を「歌舞伎」といい、その他の道頓堀若太夫芝居などや北堀江・北新地の芝居は「浜芝居」といい、神社などで行われる芝居は子供の稽古ということで、「ちんこ芝居」といったそうである。元治元年(1864)の武兵衛さんは、1月3日の道頓堀の看板見物に始まり、2月には歯痛の保養として道頓堀角の芝居・堀江芝居・北新地芝居を観劇するなどと四季折々にさまざまな芝居を楽しんでいる。堀江芝居などはややリーズナブルだったが、道頓堀の大芝居に行く時は、座席や食事の世話を取り仕切る芝居茶屋も利用して、なかなかリッチである。
江戸時代の道頓堀へ
