おまいりする 土佐稲荷

かっては土佐藩蔵屋敷の鎮守の稲荷社。明和7年(1770)に京都の伏見稲荷社から勧請された。蔵屋敷の内ではあるが、一般の人々の参詣も許されていて、広く信仰されていた。『摂津名所図会大成』には「近来社頭に桜を多く植つらねてよりも花のころハ、一しほに参詣群をなせり」とあり、幕末にはすでに桜の名所となっていたらしい。

 慶応四年(一八六八)にフランス兵を土佐藩士が殺害した堺事件に際して、切腹を命じられた者はこの神社でくじ引きにより選ばれたと伝えられている。

 今、稲荷社の周辺は公園となっており、春4月、花が見事である。