おまいりする 南の御堂さん(東本願寺別院難波御堂)

 
武兵衛さんは篤信の浄土真宗門徒であったので、よく御寺に法話を聴聞しに行っている。本山は東本願寺であるので南の御堂さんを本山としているが、細かな宗派にこだわらず、南北の御堂さん、天満の御堂さん、野田御坊、どこにでもでかけていく。そして法話の筆記録を作っているのだが、その内容はけっこうくだけていて、洒落のような話も多くおもしろい。

南御堂


「摂津名所図会大成」より南御堂裏穴門

南御堂の門の一つは土台石の間をあけて通路としており 、これを穴門といった。「西瓜くふ跡は安達か原なれや 基角 」という句は、ここで切り売りのスイカを売る店があって有名だったからである。

南御堂前芭蕉終焉の地
元禄7年(1694年)9月に大坂を訪れた松尾芭蕉は、旅に病んで、南御堂門前、南久太郎町花屋仁左衛門の屋敷にて10月12日亡くなった。その間「秋深き隣は何をする人ぞ」(9月28日)「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」(10月8日)などの句がある。繁華な町中で、芭蕉の夢はどの枯野を訪れたのだろうか。