物見遊山 仁徳天皇社(現難波神社・博労稲荷)の芝居

現難波神社は、江戸時代仁徳天皇社といわれたが、境内にある稲荷の名から「博労稲荷」と呼びならされていた。また博労稲荷社文楽座といわれる人形浄瑠璃芝居で有名な芸能の中心地でもあった。大坂の人形浄瑠璃は享保期(1716〜36)から宝暦期(1751〜64)にかけ全盛期となり、その後はやや不振となったが、これを初代・2代文楽軒が再興し、2代は文化8年(1811)以降仁徳天皇社内で芝居を興行したのである。
武兵衛さんは人形浄瑠璃も好きで、その役割番付を100枚くらい残しているが、その中心となるのは仁徳天皇社と御霊神社の芝居である。

「摂津名所図会」より 赤い矢印のところに「芝居」とある