中之島の蔵屋敷

中之島かいわいには、諸国の領主が天下の台所である大坂で年貢米や特産物を換金するために設置した蔵屋敷が多数あった。17世紀後半には蔵屋敷の数が増加している。水運の便のよい大川ぞいには数が多く、文化11年(1814)には中之島に41、堂島に15の蔵屋敷があった。米蔵と船入の設備を持つ蔵屋敷の様子は、近年の発掘により、明らかになりつつある。

 武兵衛さんの大切な仕事として、本家の大名貸の相手である領主の蔵屋敷を廻礼したり、蔵屋敷詰めの藩士たちの接待することにあった。中之島かいわいはよく歩いた地域だったにちがいない。

右図は久留米藩蔵屋敷の様子


中之島の三井ビルのところにあった福岡藩蔵屋敷の長屋門、天王寺公園に移築

2004年末の中之島

なにわの海の時空館展示より船入側からみた蔵屋敷復元模型