住んだところ 大川町の借家

 左は、中之島の淀屋橋の南詰にある伝「淀屋の屋敷跡」の碑。淀屋は江戸時代前期に栄えて米市場の開設や中之島の開発など大坂の建設に功績があった豪商である。たぶん淀屋の屋敷は、本当は川沿いのここ(現在は青テント集住地)ではなくて、道をはさんだ反対側にあったと思われるが、武兵衛さんはその淀屋の屋敷あとにあった借屋に中年まで住んでいた。主家の持ち物であったので、いわば社宅のようなもの。武兵衛さんはエッセイのなかで、淀屋のことにふれていて、四方に溝・水道がなく、地下に大きな石造りの大溝があり大川浜側に下水を通していたと書いている。
 ここは今も昔も一等地だ。今橋にある主家平野屋孫兵衛家にも、仕事で関係が深い中之島界隈の蔵屋敷にもほど近い。今は中之島図書館や東洋陶磁美術館に近い。
ここに住んでいた頃、武兵衛さんは「黄金水」というお酒を造って売り出したこともあり、今でいうコマーシャルソングを自作している。